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学会誌「情報処理」インタビュー

情報処理学会の学会誌最新号(10/15 発売)にてインタビュー記事が掲載されました。編集委員会からの提案として、オープンソースコミュニティに敬意を表し PDF が無償公開されています。

http://www.ipsj.or.jp/magazine/digitaltype.html

M+ FONTS 製作のきっかけを教えてください。

グラフィックデザイナとして文字(主に写植文字)と接していたころ、自分で書体を作ることができたらどんなに素晴らしいだろうと夢想していました。しかし日々の仕事に追われていた自分には、まったく不可能なことだと思い込んでいました。やがてパーソナルコンピュータが一般的なものとなり、目にする文字の多くがディジタルデータに変わっていくころ、自分は一身上の理由で商業デザインの現場から離れました。多少の自由な時間を得ることができた自分は、当時の複雑になってきた macOS に対するちょっとした悪戯心から、UNIX 系 OS で極力シンプルな環境を構築して、M+ WORKSPACE と名付けました。「M+」には Minimum なだけではない何か(+)の意味を込めました。その環境用に日本語ビットマップフォント M+ BITMAP FONTS を作ってみたところ、インターネットを通じて多くの方々から反響をいただき、そんな方々の技術的な支援を得ることでアウトラインフォント M+ FONTS を作る決心がつきました。

M+ FONTS を、自由なライセンスで利用してもらおうとした経緯を教えてください。

自分自身には文字文化や言語文化、プログラミングやフォントフォーマットの知識もなく、一文字一文字をただ表層的にデザインすることしかできません。それら文字データの集合をフォントとして生成させるためには、多くの方々の無償の協力が絶対的に必要でした。その成果を独り占めしたり、何らかの制限をしたりということはまったく考えられませんでした。またご存じの通り、日本語フォントの制作には多大な時間と労力を必要とします。そのため利用には多くの制限が課せられることが当たり前でした。その中で、まだまだ質量ともに未完成だとしても、自由に使うことができる「普通の」日本語フォントが存在したら面白いだろうな、とも思いました。

M+ FONTS は、字画を様式的に整理した角ゴシック体(モダンゴシック)です。このカテゴリの書体に決めた経緯を教えてください。

Helvetica や Frutiger などの書体を使用した欧米のモダンデザインに強く憧れていた自分にとって、1983 年に多くの太さ違いが展開された日本語ゴナ書体には感謝してもしきれない気持ちがあります。しかしそのゴナがパーソナルコンピュータに対応しなかったため、それならばこのカテゴリで自分がデザインするとしたら、どんな書体ができるだろうかという興味を持ちました。フリーフォントとしては他に類型がなかったこともあります。

製作環境を教えてください。また、製作体制を教えてください。

macOS 上の Adobe Illustrator でデザインされた文字を SVG ファイルに保存し、オープンソースのフォントエディタ FontForge のスクリプト処理でフォントファイルに出力しています。プロジェクトのメンバは自分を含めて現在 9 名になります。文字デザインこそ自分 1 人の作業ですが、初期の、SVG ファイル群から TTF フォントファイルを生成する仕組みを用意してくださった方々と数名でプロジェクトを立ち上げた後、このフォントを技術的に支援していただける方が、1 人ずつ増えていきました。不具合が見つかるたびに手直しをしてくださる方、フォントを拡張するたびに対応してくださる方、技術的なご質問をいただくたびに、知識のない自分に代わって対応してくださる方のおかげで、自分はデザインに専念することができています。これらの共同作業とフォントファイルの公開に、インターネット上のオープンソースソフトウェア開発環境である OSDN を利用させていただいています。

アウトラインフォントの製作は初めてだったと思いますが、製作の中でご自身の経験が役に立ったことはありますか。また、新たにどのようなことを学んだり修得したりされましたか。

グラフィックデザインの仕事を始めてから、さまざまな形で文字デザインとかかわってきました。ポスターやパッケージデザインなどの用途にあわせて書体を選び、文字を並べてバランスを吟味する。たった数文字のロゴタイプを制作するために数週間、時には数カ月にわたって調整を続ける。そのような試行錯誤の蓄積の中で自分なりのスタイルができていたのかもしれません。モダンゴシックとしての日本語フォントをデザインするにあたって、造形的な迷いはほとんどありませんでした。ただ、書体としてのデザイン経験がないので、1 文字ごとのデザインが集まって 1 行の流れになり、1 段落の塊になったときの検証が弱いのではないかという不安はあります。とりあえず実用的な日本語フリーフォントを公開することはできたので、次の段階では書体としての完成度を上げるための作業で「別の何か」を学ぶことができるのではないかと期待しています。

フォント製作の過程で、技術的に困難だったことは何ですか。それはどのように解決されましたか。

ちょっと質問の趣旨とは離れてしまうかもしれませんが、フォント制作を始めたころに厄介だなと感じたことは「視覚的な慣れ」でした。特に本文用として見慣れた書体に対しては脳が識別性を最適化していて、実はデザインをあまり認識していないんじゃないかと思いました。見出し用の書体やロゴタイプなどでは、見慣れていないことが逆に印象に残る効果として利用できるのですが、本文用の書体では見慣れないデザインに対して「読みづらい」、果ては「劣っている」と判断してしまいがちのようです。これは制作する側にも言えることで、文字をデザインし、その文字を見続けていることで見慣れてしまって、デザイン的により良い判断ができていない可能性もあります。どちらも解決するためには脳のリフレッシュが必要なようです。

M+ FONTS には、かなのバリエーション、欧文のバリエーションを用意されました。この理由を教えてください。

制作当初から、フリーでありながらスタンダードな和文/欧文フォントファミリーを目標としていました。あくまでもモダンゴシックフォントの範疇ではありますが、日々の生活の文字と接するさまざまな場面の中、その時々の気分でちょっとしたニュアンスを使い分けることができたら楽しいだろうと考えました。親しい友人や大切な人にメールを送るとき、ブログで今日のできごとを綴るとき、ちょっと難しい小説を読むとき。どちらのバリエーションを選ぶのが正解かということではなくて、気分に合わせて選ぶこと自体が楽しいですよね。半角固定幅の欧文フォントについては、このプロジェクトに限らずフリーウェアに携わっているプログラマの方々に感謝の気持ちを込めて、気持ちよく使っていただくことを願って制作しました。もちろん同様にバリエーションを用意し、気分に合わせて選ぶことができるようになっています。今、思い出したのですが、5 年前にアメリカのプログラマが「The Best Font for Programming : M+」と題して、いかに M+ FONTS がプログラミングのときに使いやすいかを説明したブログエントリを公開してくださって、reddit などでちょっとした話題になったことがありました。自分が願っていたことが、遠く海外の会ったこともない方にも伝わっていることが分かって、とても嬉しかったです。特に海外では全角文字幅の和文との関係を気にする必要がないことから、半角固定幅の英数字が狭すぎると感じる人が多い印象だったのでなおさらです。

漢字と並行して多くのヨーロッパ言語の字種も作成されました。これに着手した理由はなんですか。

開発初期のころから多くのご要望をいただき、その都度追加していくうちにそれなりの多言語フォントになりました。1 つのフリーフォントで使用許諾を気にせず、安心して日本語とラテン系言語を表示したいという需要は、自分 1 人ではとても気がつかなかったと思います。

慣れない言語の文字の字形デザインには困難があったと思います。これにはどのように対処されましたか。

その言語表示を必要とする方のご要望があって、文字の字形デザインを始めます。自分にはその言語の知識はありませんから、とりあえず Mac に入っているほかの対応フォントを眺め、M+ FONTS なりのスタイルで作ってみます。その字形デザインが通用するものなのかどうかは要望された方だけの判断となるのですが、フォントが公開され多くの方々に使われることにより、もし問題が出てくるようであればその都度修正していくつもりです。

このように多言語フォントとしての性格も持つ M+ FONTS ですが、ヨーロッパ言語圏からの反響はいかがでしたか。

年に何度か個人的な感謝のメールをいただくことはありましたが、2012 年にチェコ海賊党(Česká pirátská strana)のロゴタイプに採用されたときには、ついにチェコで海賊になったかと驚きました。 当時のグラフィックマニュアルでは、ロゴタイプのほかにさまざまなスローガンの表示にも使われる公式フォントの扱いでした。

M+ FONTS またはその派生フォントが広く使われていますが、どうお感じですか。

自由なライセンスを設定したもう 1 つの理由でもあるのですが、そのことで M+ FONTS が自分の手から離れ、自分の存在の有無にかかわらず自由に使われてほしいと願っています。もしかしたら遠い未来においても未来の技術に対応したフォーマットで使われているかもしれない、派生したフォントの中に自分のデザインの欠片が残っているかもしれない、などと想像することはとても楽しいことです。

M+ FONTS は、無償または低廉に使用できる和文フォントが少ない時代に登場し、日本語情報処理基盤に大きな貢献をしました。この点から、M+ FONTS のここまでの製作を振り返ってどうお感じでしょうか。

1988 年に初めての Macintosh を購入したとき、そのグラフィックデザインの道具としての可能性と同じくらい、もしくはそれ以上に興奮したのはフリーウェアの存在と文化的背景でした。当時、商業デザインの現場の真っ只中にいた自分にとって、それは夢のような世界でした。毎晩、最終電車に駆け込むような生活を送っていた自分には何もできないと思い込んでいました。いろいろあって時間ができて『ハッカーズ』(“Hackers : Heroes of the Computer Revolution” by Steven Levy)に感動して、中古の SPARCstation 2 にあえて SunOS を入れて、NetBSD に入れ替えて、Red Hat Linux / SPARC を試してみたら便利だったので、PC を用意して Slackware を入れて、悪い癖が出て Linux From Scratch(LFS)に落ち着いて、このころから LFS 上の仮想 Mac OS System 7 で古い Illustrator を起動させて M+ FONTS の制作を始め(今はちゃんと MacBook Pro を使っています)、小学生だった息子たちにそれぞれ Debian 入り中古 ThinkPad を与え、とコンピュータ/フリーウェアの文化に憧れて後追いしてきた自分が、少しでもその文化の片隅でお役に立つことができたのだとしたら嬉しいです。

M+ FONTS またはその派生フォントが使われた場面で印象に残っているものを教えてください。

2009 年、まだ Adobe に吸収される前の Typekit Web Fonts ライブラリに欧文フォントとして採用され、有名ベンダに混じって M+ FONTS ロゴタイプ が表示されたときには驚きました。

ネイティブの方にも欧文フォントとしてのデザインを認められ、本当に安心しました。2016 年からは Google Fonts の web fonts ライブラリにも日本語フォントとして採用され、多くの人がさらに安心して使用できる環境が整いました。それ以外にも Web サイトや、ちょっとした印刷物、TVCM などで見つけたときはやはり嬉しいものです。

M+ FONTS は、一般的なソフトウェア開発とは違うアプローチから、オープンソースで情報処理環境に貢献しました。このような貢献を考えている人にメッセージをお願いします。

生活のさまざまな場面でソフトウェアが活用されている現在では、さまざまな分野でソフトウェアと共同する需要があるということです。漠然と思っているだけではなく、まず自分にできることを形にして宣言することが大切だと思います。自分を例にすると、最初はビットマップフォントのエディタを手探りで使い始め、なんとか日本語フォントの基本セットができました。このフォントを公開することで多くのプログラマの方々の支援をいただくことができて、後のアウトラインフォント制作につながりました。とりあえず形にする、臆することなくそれを公開する、きっと人生が変わると思います。

ありがとうございました。